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●ファースト・ネーション
大平原地帯のファーストネーションの人々の正装
 カナダの新聞やテレビ、教科書などでは、1980年代から「インディアン」という言葉は使われていません。カナダの先住民を現す言葉として一般的に用いられているのは、「ネイティブ・インディアン」、「ネイティブ・ピ−プル」、「ファースト・ピープル」、そして「ファースト・ネーション」などです。 このサイトでは、通常は「ファースト・ネーション」という言葉を使うことにします。その第一の理由は、この言葉が今のメディアで最も広く用いられているからです。もう一つの理由は、この言葉が「ファースト・ネーション」の人々自身が書いた文章に頻繁に使われてるようになったからです。 「First Nation」という言葉には、現在の「カナダ連邦国」という体制とは違うものの、「独自の社会的組織や機構を作った最初の人々」という意味が込められています。あえてカタカナ語を使うのは、私が「先住民」という言葉に少し違和感を感じているからです。何だか「『文明』が入って来る前から住んでいた人」という意味が含まれているような気がしてなりません。
それに比べて「ファースト・ネーション」には、西欧文化とは様式が異なるものの、独自の文化や暮らし方を前提にした言葉のように思えます。 なお、現在カナダにはおよそ75万人のファースト・ネーションの人々がいます。ちなみに、「エスキモー」という言葉も現在は使われていません。「イヌイット」というのが通常用いられます。イヌイットの人々の言葉で「人間」を意味するそうです。
ブリティッシュ・コロンビアの海岸部に住むファースト・ネーションの人々の伝 統的正装
ブリティッシュ・コロンビアの海岸部に住むファースト・ネーションの人々の伝統的正装
カナディアン・ロッキーの岩場に描かれた謎の人物像(宇宙人かも?!)少なく とも2000年前に描かれたと推定されている。
カナディアン・ロッキーの岩場に描かれた謎の人物像(宇宙人かも?!)少なく とも2000年前に描かれたと推定されている。
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●ビーバー
国会議事堂の入り口にもビーバーの飾りがある
国会議事堂の入り口にもビーバーの飾りがある
建国の「恩人」はビーバー?!  
カナダ人にもっとも愛されている動物と言えば、まず思い浮かぶのがビーバー。愛嬌たっぷりな前歯と大きな尻尾、クリクリした瞳の可愛らしい動物として様々な場所に登場します。例えば、国会議事堂の正面玄関の上にもビーバーの彫刻が飾られているほどです。
 17世紀末にヨーロッパ人によるカナダの開拓が始まったとき、彼らが最も欲しがったのがビーバーの毛皮でした。ビーバーの毛皮は暖かく、肌触りもよく、最高級品のコートとして珍重されました。また、ビーバーの皮をなめして作った山高帽は、おしゃれな紳士のあこがれだったそうです。ビーバーの獲れそうな場所に交易のための砦が築かれ、そこから発展した町がカナダのあちこちにあります。
 開拓とビーバーの毛皮の交易とが深く結びついていたことは、その後のカナダの歴史や国民性に大きな影響を与えました。たとえば、ビーバーの毛皮を得るためには、ファーストネーションの人々との関係が良好でなければなりませんでした。ビーバーの捕獲にはファーストネーションの人々の知恵が不可欠だったからです。もちろん、交易はフェアなものとは言えず、ファーストネーションの人々はずいぶん不利な取引をさせられたわけですが・・・農地を確保するために先住民を強制移動させたり、殺戮をくりかえした米国の歴史とは大きな違いがあります。
 ビーバーは小さな体で大きな木を齧り倒し、ダムを築いて巣を作ります。勤勉で自立心が強く、家族を大事にする・・・こうしたビーバーにまつわるイメージは、今でもカナダ人の「理想」を反映しているように思われます。
 ところで、ビーバーの山高帽はシルクハットの登場で、アッという間に「流行おくれ」になってしまったそうです。シルクハットが20年ほど早く登場していたら、カナダはどうなっていたでしょうね?
おしゃれの象徴だったビーバーの山高帽子
おしゃれの象徴だったビーバーの山高帽子

ビーバーの作った「ダム」
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●カナダの大自然の美しさをキャンバスに
 どこまでも続く紅葉の丘陵地帯やロッキーの山々などを眺めれば、誰でも絵心を誘われると思うでしょうが、カナダの雄大で、人間の手にほとんど触れられていない大自然の姿を画家がキャンバスに描き始めたのはそれほど昔のことではありません。
 1867年にカナダが建国され、その20年後には国立美術館も誕生して芸術家を育てる組織も作られました。しかし、画家を志す人々はヨーロッパにあこがれ、パリの街並みを描くことには熱心でも、カナダの原始林や山並みにはほとんど注意を向けませんでした。
「グループ・オブ・セブン」について書かれた本
「グループ・オブ・セブン」について書かれた本
 こうした傾向に革命的な変化をもたらしたのは、トム・トムソンが1912年にオンタリオ北部を旅して描いた12枚のスケッチでした。彼はそのスケッチをもとに、雄大な自然の姿を鮮やかな色を惜しみなく使ってキャンバスに描きました。ヨーロッパの後期印象派の影響を強く受けながらも、その視線は全く新しいものをとらえていたのです。
 トムソンの絵は彼の周囲にいた画家たちの目から、文字通り鱗を取り去るほどの衝撃を与えました。残念ながらソムソンは1917年に事故で亡くなってしまいますが、彼の影響を受けた人々は1920年に「グループ・オブ・セブン」という名でグループ展を催し、当時のカナダ美術界に新しい潮流と作ったのです。
 ローレン・ハリス、フランク・ジョンストンなど、「グループ・オブ・セブン」のメンバーのほとんどはトロントを基点に活動し、アルゴンキン国立公園やジョージアン・ベイ、ケベックなどの未開のエリアに写生にでかけました。大地が燃えるような紅葉の美しさや。冬の山並みの荘厳さを人々にあらためて気づかせたのは、彼らの絵だったと言っても大げさではないでしょう。彼らの活動は「カナダ独自の芸術」の開幕を告げるものでもありました。
  「グループ・オブ・セブン」としてのグループ展は1931年に終わりましたが、彼らの作品は今でもカナダ人に最も深く愛されていますし、その影響は現代のカナダ人画家の間にも強く残っています。彼らの作品は、オタワの国立博物館をはじめ、カナダ各地の美術館で見ることができますが、トロント郊外のマクマイケル美術館が最も有名です。
彼らの描いた大自然は今もそのまま残っている彼らの描いた大自然は今もそのまま残っている
カナダの冬景色も大事なテーマだった
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